ある兵卒の物語
僕は唄が下手でした。
いつも評価は星一つ。
悔しくて、悔しくて、こっそり稽古をしていたら、
母さんがそっと、優しく教えてくれました。
僕は兵隊です。
別に指揮官とかそんな大それたものではありません。
ただの兵卒です。
今はここヴェステアで一生懸命訓練に励んでいます。
きついですけど、辛くはありません。
自分で選んだ道ですから。
僕の上司はフィリア様。
凄くクールな女性です。
結構綺麗なんですが、その性格からか、あまり人気はないようです。
でも彼女は、歌が凄く上手いです。
落ち着いた感じの曲を得意としているみたいで、飲み会なんかでたまに歌ってくれます。
…でも、酔っ払っちゃったら誰も手をつけられなくなります。
そうならないように、フィリア様自身も自重しているみたいです。
僕は唄が下手でした。
兄弟みんな下手でした。
泣きながら唄うと、みんな笑って「止め」と言いました。
今日、僕は出陣します。
何度目の出陣かは、よくわかりません。
相手はナディア帝国の精鋭らしいのです。
僕達より、数も力も上みたいです。
多分、僕はここで死ぬでしょう。
それはそれで構いません。
自分で選んだ道ですから。
僕は槍を手にして、位置につきました。
僕達は伏兵みたいです。
時期が来るまで、隠れていなければなりません。
結構、退屈なものです。
フィリア様の号令がかかりました。
僕達は敵に襲いかかります。
でも、敵はみんな強いです。
フィリア様が、退却の号令を出しました。
僕達は一斉に逃げます。
敵は僕達を追ってきます。
生きた心地がしないです。
するといきなり、僕達の横を一つの部隊が通り過ぎていきました。
どの部隊かは、よくわかりません。
次の瞬間、轟音が響きました。
後ろを見ると、さっきの部隊を閉じ込める形で岩が落ちていました。
火がその中に投げ込まれていきます。
そして、爆発音が轟きました。
矢が、降り注いでいます。
フィリア様が、城まで戻るように言いました。
結局、僕の友達が何人も戦死しました。
でも、不思議と僕は悲しくありませんでした。
むしろ、生き残ったことが幸せでした。
…僕は、冷たい人間なんでしょうか。
僕は唄が下手でした。
それでも、僕はたまに唄いました。
なぜか、下手だとは言われませんでした。
嬉しかったです。
僕は、生き残りました。
厳しい戦いばかりでしたが、不思議なことに生き残り続けました。
フィリア様の部隊の中では、生き残っているほうでした。
友達は、何人も死んでいきました。
僕より強い人は何人もいました。
この人にはいくら頑張っても勝てないな、と思うくらい強い人がいました。
でも死にました。
凄く頭がよくて、いつか政治にたずさわりたい、と語る人がいました。
でも死にました。
何回も戦に出たベテランの戦士がいました。
でも死にました。
僕は、生き残りました。
ただ臆病な卑怯者でしかない僕が。
僕は、友達を見捨ててまで生きました。
僕に助けを求めている友達。
その口からは、助けて、と聞こえました。
でも僕には、聞こえませんでした。
聞こえなかった、いや、聞こえないふりをしていました。
その友達は、長い間一緒に戦ってきた親友でした。
幼なじみともうすぐ結婚する予定でした。
でも死にました。
僕が見捨てたせいで。
でも僕は、自分が生き残れたことが嬉しかったのです。
…冷たいでしょうか、僕は。
いよいよ最後の戦いみたいです。
こうなったら最後まで生き残ろうと思いました。
自分で選んだ道とはいえ、死にたくはないですから。
僕は唄が下手でした。
でも今では、上手いんじゃないのかと思いつつあります。
思い上がりも、いいところでしょうか。
フィリア様の後ろに、剣を振りかぶった兵士がいます。
彼女は気付いている様子はありません。
僕は、駆け出していました。
なぜでしょうか。
親友を見捨てた僕が、なぜフィリア様を助けようとしているのでしょうか。
フィリア様が振り向くのと、僕が斬られたのはほぼ同時でした。
きれいに斬られました。
仰向けに倒れる僕の後ろから、フィリア様の槍が突き出されました。
僕に血が降りかかります。
僕を斬った人の血と、僕自身の血で、僕の体は真っ赤でした。
フィリア様はしゃがみ、僕の耳元でそっと囁きました。
相変わらず無表情です。
ひょっとしたら違うかもしれません。
どうやら僕の瞳は表情の区別すらつかなくなっているようです。
手向け、と聞こえた気がします。
歌声が、僕の耳に入っていきます。
心地よい歌声が、聞こえます。
僕も思わず、口ずさんでいました。
フィリア様に合わせて、お腹の底から絞り出すように。
フィリア様が、また囁きました。
上手いな、と。
僕は頬に涙が流れる感触をはっきりと感じました。
フィリア様は立ち上がり、号令をかけている様子です。
そのよく通る、凛とした声で。
なぜ僕が彼女を助けたのか、解った気がします。
僕はフィリア様のことが、好きだったからです。
顔も、髪も、声も、唄も。
親友は見捨てたのに、好きな相手は守りました。
男としての意地は、立ったのでしょうか。
母さん、僕はここで死ぬみたいです。
自分の選んだ道です。
悔いはありません。
……いや、一つだけありました。
もう一度、貴女に唄を教えてもらいたかったです。
どこか、悪いところはあるでしょうか。
よく、聴いてください。
僕のこの唄聴いたなら、
頬すり寄せて、抱き寄せて、
「上手になった、いい子だね」
と、褒めてくれる事でしょう。
僕は唄が下手でした。
戦場で紡がれる歌、そして弱いながらも何かを守ろうとする心。
書きたかったものはそれなのです。

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