カラスと青い鳥
俺は傭兵達のたまり場でいつものようにビールを流し込んでいた。最近は面白い仕事が無い。つまらん。
「カール、依頼だ」
「ああ?」
顔見知りのおっちゃんが俺の横に座ってくる。俺は飲んでいたジョッキをテーブルに置く。
このおっちゃんはよく俺に依頼を回してくれる。結構感謝はしているのだ。
「今度クラウディア様がハイランドの皇族と結婚される」
「ああ。この前聞いた」
クラウディアってのはこの国のお姫様だ。まぁ素人目にも、今回の結婚は政略結婚だと思う。
「その護衛を受け持ってほしい」
「護衛ィ!?」
護衛は一番嫌いな依頼である。つまらん。
「おいおい、おっちゃんは知ってるだろ? 俺は護衛なんかやらねぇって決めてんだよ」
「知ってるさ。伊達に付き合いが長いわけじゃない」
「なら何でこんな依頼を持ちかけた? それにお姫様の護衛なんて任務をただの傭兵に任せていいのかね?」
「そうだな。順を追って説明しよう」
俺は腕を組んでから椅子に深く腰掛ける。……話を聞く前にビールを飲みきってしまわねば。ぬるいビールは最悪だ。
だが、おっちゃんは俺がビールを飲んでいるにも関わらず話を振ってきた。
「最近テロが頻発しているのは知っているな?」
仕方なく俺はビールを飲みながら頷く。
「ハイランドの国境に入れば向こうの軍が護衛してくれることになっているが、国境まではこちらが護衛を受け持つ」
「それで?」
空になったジョッキを置く。近くを通りかかっていた店員がジョッキを持っていく。
「大勢で動けば気取られる。だが、二人では怪しまれん」
「なるほど。その件はわかった」
「うむ。じゃあ後一つの件だ。今回の依頼、報酬は五十万」
「何ィ!?」
五十万というと、相場の十倍以上ある。一般的な護衛任務は三万いけばいい方だ。
「五十万か……」
「もちろん、襲撃が無くても報酬はアリだ。……どうする?」
「そうだな……」
護衛は好かん。しかし、報酬が五十万ともなると話は別だ。
得物も新調できるし、たまっていたツケも一気に払える。それでもまだまだ余る。
それに、政府から依頼を受けたとなれば名前も売れる。
「わかった。やろう」
「よし、詳細は追って連絡する」
おっちゃんは席を立ち、店から出て行く。俺はビールをもう一杯注文した。
「何だ、人間か」
あからさまに見下げた口調でエルフの野郎が喋る。腹は立つが、いちいち気にしていたらこの国じゃ生きていけん。こ
こは我慢だ。
この国は珍しくエルフが支配している国なのだ。そのせいか、人間とエルフとの間の諍いは絶えることが無い。賢い人
間はエルフに逆らわずに顔色を伺いながら生きている。俺もその一人だ。
「いえいえ、この男の腕は確かです」
「まぁいい。しっかり頼むぞ」
「任せておけ」
俺は姫さんの許へ歩く。姫さんは普通の町娘のような格好をしていた。
「よろしく頼んます。カールです」
姫さんの顔がチラッと見えた。うん、いかにもエルフらしい美少女だ。ま、俺のタイプじゃないんだけどな。
俺は美少女より美女のほうが好きなのだ。この二つはおかゆとリゾットぐらい違う。
姫さんは黙って頭を少し下げた。
「じゃぁ、出発します。必ず成功の知らせを届けるんで」
はぁ、肩がこるったらありゃしねぇ……。
城からだいぶ離れた。俺と姫さんの二人っきりだ。
「姫さんよ、ここで一つ言っときますけど……」
姫さんが馬上から俺の顔を眺める。
「俺は敬語ってやつが苦手でしてね。こっからはタメ口で話させてもらうんで」
「え?」
姫さんが戸惑ったような反応を示す。やっぱまずかったかな?
「あの……タメ口って、何ですか?」
…………。
あの、この姫さんは本当に『お姫様』なんだな……。
「……何と言うか……まぁ俺が普段話してるみたいな口調っすよ。姫さん、わかったか? ……みたいな」
「ああ、そうですか。いいですよ」
姫さんがころころと笑う。
……こりゃぁ疲れそうだな……。
今日はここまでか。思ったより順調だな。この調子ならあと二、三日でハイランドとの国境までたどり着くだろ。
「姫さん、馬から降りて。野宿だ」
「野宿?」
「ここで寝るって事だ。これ以上進むのは危ないんでね」
俺は荷物の中から寝袋を一つ取り出す。
「ほれ」
寝袋を姫さんの所に投げてやる。使い方、解るのかね?
「この中で寝てくれ。素で寝るよかマシだろ?」
「は〜い」
姫さんが寝袋を弄っている。……ったく、面倒だぜ。
「こうやって寝るんだよ。わかったか?」
俺は自ら見本を見せてやる。
姫さんは納得したような表情でこっちを見ていた。
「何かあったら叫べよ。わかったらさっさと寝てくれ」
「はい」
俺は木の幹にもたれかかって一休みする。やけに月が明るい。ほのぼの気分だ。
「カールさん」
「ん? まだ寝てなかったのか」
「カールさんって、何やってる人なんですか?」
「……そんなことまで知らなかったんかい……」
俺は頭をかきむしる。ぜっってー『傭兵』なんて単語知らねぇよなぁ……。
「まぁなんつーか、金を貰って色々なことをやるってお仕事だ」
「色々なこと?」
「今みたいに他の人を守ったりとか、戦争に行ったりとか、色々だ」
「へぇ〜〜」
この姫さんは、何も知らないのだろう。無知なことは、ときたま強みになる。
「……ま、バカなことに変わりはないんだろうがな」
「バカってなんですか?」
……まだ起きてたんかい……。
「凄い奴って意味」
うん、あながち間違っちゃいないぞ、俺。
「カールさん」
「今度は何だ?」
「何か今までで面白い話ありますか?」
「……姫さん、俺がいたのはあんたとは正反対の世界だ」
暗いから姫さんの表情はよく解らない。だが、俺の言ってることは正しいはずだ。
「世界には知らないほうがいいって事のほうが多い。そして、俺が知ってんのは知らないほうがいいって事のほうだ」
「……でも」
「早く寝な。明日は早いんでね」
小鳥の囀りで目を覚ました。爽やかだ。
横を見ると姫さんが気持ちよさそうに寝てやがる。起こすのは気が引けるが、さっさと国境まで行かないとな。
「姫さん、起きろ」
「……はい? ……おはようございます」
「おはよう。近くに川あるから、顔洗ってこい。俺はここで待ってるから、何かあったら呼べよ」
「わかりました」
姫さんにタオルを投げて、俺は周りを見渡す。
ミッドガルドらしい森林だ。身を隠すには困らないだろう。姫さんが顔洗ったらすぐ行くか。
「姫さんよ、まだか〜?」
「今行きます〜」
姫さんが小走りでこっちに来た。うん、可愛いね。
「さっさと森を抜けるからな。乗れ」
「は〜い」
宿場町に着いた。今日は宿に泊まれそうだな。姫さんがいるから、安宿は避けるべきなのかね?
「お父さん、お父さん!」
……俺のことか? 姫さんが俺の娘ってか? ……ケッ、俺も歳を取ったもんだ。
「いい部屋空いてるよ! 一泊500、食事つきだ」
「ほお、なかなかだな。よっしゃ、案内してくれ」
俺達は客引きのオヤジについて歩く。姫さんが俺の耳元で囁いてきた。
「カールさん、さっきの人のお父さんなんですか?」
「違うわい! 俺が姫さんのお父さんに見えたって事だ!!」
「ああ、そうなんですか。そうですよね?」
この姫さんは……天然なのか……?
もう疲れた……。確かに五十万貰うだけの仕事ではある。
「カールさん」
「ん? どうした?」
俺は荷物のチェックの手を止める。
「あの、昨日戦争に行ったとか言ってたじゃないですか」
「ああ。最近は無いけどな」
「人が死ぬのって、どういう感覚なんですか……?」
「なんだ、急に」
「私、見たことがないんです。人が死ぬところ、死んだ人」
「……そのほうがいい。昨日も言ったが、知らないほうが幸せだってこともある」
「……でも」
この姫さんは本当に世間知らずなのだろう。城の中から一歩も出たことのないような感じがする。俺がカラスなら、姫さ
んは籠の中の青い鳥って訳か。
ならば、この道程は驚きばかりなんだろう。
「そのうち嫌でも見なくちゃならないさ。さ、明日も早いから寝てくれや」
「カールさん」
「今度は何だ?」
「できればこのままずっと、旅をしてたいです」
寝耳に水だ。
「お城の外に出て、こんなに長い距離を旅して、川で顔を洗って、木の下で眠って、お日様が昇るのと一緒に起きる、す
ごく楽しいです」
姫さんにとってはこんだけの距離でも大冒険なんだろう。少しその気持ちはわかるような気がしないでもない。
「カールさんみたいな、優しくて楽しい人とも一緒にいれますし」
「言ってくれるぜ」
俺は頭をかきむしる。
姫さん、か。
籠の中の青い鳥。
本気で可哀相ではある。俺みたいなカラスが言うのも何だがな。
ギシリ。
俺はその音で浅い眠りからたたき起こされた。俺は得物を手元に近づける。
そのままゆっくりとドアを開けた。
そこには男が立っていた。
女と見まがうような顔。胸当てをつけているから体格まではよく解らない。そして腕には細身の剣。
「誰だお前」
男は答えない。
「誰だって聞いてんだ」
答えない。
「耳は聞こえてんのか?」
男は唇の端を歪めて笑った。
「ならここは」
俺は剣を鞘から抜き放つ。
「貴様が来ちゃいけねぇ所だ!!!」
男の姿が消えた。
懐か!!
俺は剣を振り下ろすものの、男はその剣を受け止め、返す剣で俺の胸を袈裟切りに切りつける。
……やられた!
男がすぐさま俺の間合から離れ、構えなおす。
しくじったな。
値踏みが甘かった。鎧を着ていなかった。
痛恨のミスだ。
「う…ん……」
「姫さん!!」
俺は思わず相手から目を離す。
気付いたときにはもう遅かった。
胸を逆袈裟に斬られていた。
……深手。
「姫…さん……。さっさと…逃げろや……」
「カールさん……?」
姫さんが少しずつ俺のほうに歩いてくる。恐る恐るといった感じで。
「逃げろって……言ってるだろ……?」
姫さんは唖然とした表情で突っ立っている。
「悪かったな、初めて見る……人の死が、俺みたいな奴で……」
男は俺の前に立ったままだ。こいつが何なのか、よく解らないが、姫さんが目的なことは確かなんだが。
「情けだ。しばらく待つ」
そう聞こえた気がした。
俺はその言葉に甘えて、少しずつ、言葉を絞り出す。
「姫さんよ……。俺は…一つ、嘘ついてた」
「嘘…?」
「バカっていうのはな、頭が悪いって意味だ……。凄い奴って、意味じゃぁねぇ」
目の前が暗くなってきた。そろそろ、終わりなのか……?
まぁいいか。嘘も晴らせたしな。
……最後の依頼にしては、悪くは無かったな。
姫さんとの旅は、疲れたけどそれなりに楽しめたし。
「……姫さん、ありがとうな……」
また一撃が入った気がする。
俺の意識は暗い淵へと落ちていった。
「ダンナ、これでよかったのかね?」
「ああ。助かった」
男の前にはカールに依頼を回した男が立っていた。
「さすがはリベンジライフ。カールも敵じゃないか」
男―リベンジライフ―は懐から袋を取り出し、男に投げた。
「ほら。報酬だ」
「どうも。これからもお互いいい仕事ができるよう、よろしく頼んますよ」
男は去っていく。リベンジライフは唾を吐き捨てた。
金で今まで付き合ってきた奴を裏切るのか。
傭兵らしいといえば、傭兵らしい。
まぁ任務を終わらせる事が出来たので、よしとするか。
今回の任務はハイランドに嫁ぐ姫を殺す事だったが……。
「俺も、甘いって事か」
リベンジライフは嘲笑した。さっきまでいた男と、自分自身に。
ハイランドとの国境に程近い宿場町で、エルフの美少女が働いていることが
旅人達の間で話題に上りだすのは、少し後のことである。
もっと救いの無い感じにしたほうがよかったのかもしれません。
そして久々に一人称で書いたら辛いのなんの。
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